「この人には施したくない」と思った物乞いとの対話

断食月の明けた6月上旬、自宅で近所の子どもたちにコーランの読み方を教えている女性のNさんにあった。

私はイスラム教に詳しい人に教えを請いたいことがあったので、Nさんに訊ねた。

「喜捨(施し)が義務なのは知っているけど、小銭があってもこの人には喜捨したくないと躊躇するときはどうしたらいいですか?」

Nさんは私に状況をきいてきた。

私が悩んでいたのは、市場のあるおじさんのことだ。仮にそのおじさんをBさんとしよう。

Bさんは毎日市場で物乞いをしている。

市場で物乞いをしている人は多くはないが存在する。身体的もしくは知的な障害のある人か、経済的に困窮している人かのどちらかだ。

しかし、Bさんはどちらでもない。

Bさんは50代~60代くらいで、小柄なこの土地の人々に比べると上背のある方だ。いつもイスラム教の男性用の帽子をかぶっている。上は黒いガッシリとした厚手のジャケットを羽織っていて、下はくるぶしまで隠れる布を腰に巻いている。腰布は年配の男性がよく身に着けているものだ。体も健康に見えるし、服もパリッとしている。全体的にしっかりとした印象だ。

そのBさんが、毎日市場の中をうろついて、すれ違う人に手を差し出してお金を要求していた。

毎日毎日市場で顔を合わせて、手を差し出される。ほかの物乞いの人々は、お金を渡すと「あなたに神のご加護がありますように」などの言葉をささやいてくれるのに、たまにごく少額のお金を渡しても一言のお礼もなくクルッと背を向けて次の人のところへ向かう。

別にお礼をしてほしくてお金を渡しているのではないけれど、こちらとて気持ちよくお金を使いたい。

感じが悪いからBさんには喜捨したくないな、と私は思っていた。

いつだったか、市場の売り子さんたちが「あの人には渡さなくていいわよ、放っておきなさい」と教えてくださった。私が困った顔をしていたのだろう。その日を境に私はBさんをそっと避けて買い物をするようになった。

とはいっても、喜捨はイスラム教徒の義務だ。断食月はなおさら、相手がどのような人であれ、私に余裕があれば喜捨すべきである。

私は断食期間中に教義と自分の感情の間でゆれたことを、Nさんに伝えた。

Nさんは「私もBさんのことは知ってるわ」と少しイヤそうな顔をして言った。

「Bさんにはお金を渡さなくていいと思うわよ。だって、まだまだお元気じゃない? 働こうと思えば働けるんだから」

Nさんは、Bさんは施しをうけるような人ではないと考えているようだ。

たしかに。私はNさんの考えが私の背中を押してくれるものだったのをいいことに、いよいよ堂々とBさんへの喜捨はしないことにした。

数週間が過ぎた。

Bさんは相変わらず黒いジャケットをきって、毎日市場を歩き回っていた。背筋がピンと伸びている。

そうよ、こんなに健康な人にどうして私がお金を渡さないといけないのよ。この人にお金を渡すくらいなら、介護の必要な姑におやつの一つでも買い足すわ。

私は少し強気になって、Bさんへの施しをしないでいた。市場でほかの人より頭一つ背の高いBさんが見えると、そそくさとBさんと鉢合わせしないように通路を変えた。

なのに、自分のなかにはうっすらと後ろめたい気持ちが芽生えていた。何が後ろめたいのかはわからないが、小暗い気持ちだけは感じたくないのに感じる。

私はBさんにお金を渡したいのだろうか? いや、そうではない…気がする。

珍しく自分の本心がつかめなくなった。

そんなある日、馴染みの八百屋で野菜を選んでいたところ、自分の真後ろの休憩スペースでBさんがコーヒーを飲んでいることに気が付いた。あちゃー。Bさんが座っていたために気づかなかったようだ。

野菜を買い終わって振り返ったら今日も手を差し出されるだろうか…と重い気持ちで振り返った。

その瞬間、私は自分でも思いがけず、Bさんに話しかけていた。

「おじさん、こんにちは。コーヒーおいしいですか?」

Bさんは顔を上げて私を見、ああおいしいよと言った。

いつもの「お金…」のあと何をいっているのかわからないボソボソした声とは違って、明るくはっきりした声だった。

「おじさん、毎日どこからいらしてるの?」

「僕はこの市場に住んでいるんだよ」

Bさんは嬉しそうな顔をしていた。短い質疑応答を繰り返すなかで、Bさんは自分が市場で寝起きしていること、家族はC町にいること、この市場は自分の持ち物であることを話してくれた。

おそらく、家族がC町にいること以外はBさんの作り上げた仮想世界の話なのだろう。

私はニコニコと相槌をうちながら、姑のことを考えた。自分の妄想を織り込んで、さも事実のように話す姑。私も家族も親族もずいぶんと振り回されてきたけど、姑の話に鍛えられてきたおかげで、Bさんの仮想世界を見聞きすることがなんの苦でもない。こんなところで役に立つとはなぁ。

Bさんは機嫌よさそうに続けた。

「この市場はわたしのものだから、みんなにお金を払ってもらっているんだ」

あーーーー!! そうなのか。みんなにお金を求めているのは、Bさんの頭の中では出店料やみかじめ料をもらっているようなものなのか。道理で「神のご加護を…」なんて言わないわけだ。

そうなんですねと頷く私に、Bさんはニカッと笑った。

「君は(特別に無料で)この市場で店を出していいよ」

「ありがとうございます。何を売るか考えますね」

私は礼をしてBさんに2000ルピアを渡し、ほとんどスキップのような足取りで自宅へと帰った。

(Midori Rahma Safitri)