姑サーちゃんのお見舞い兼みんなでフルーツ食べよう会が開かれたよ

今日の話は少し図解が必要だろうから、まずは下記の図を見てほしい。

下図は、長兄宅・姑のいる次兄宅・異母妹宅についての簡単な図で、今日のエッセイの舞台である。この3軒の家が隣接しているおかげで、姑サーちゃんの介護も助け合えている。

本題。

ニナの家は、姑・サーちゃんのいる家の隣にある。ニナは夫の異母妹の娘で、娘・プーちゃんと同じく今年小学校に入学したばかりだ。

水曜日、ニナが「おばちゃん、日曜日にうちに来てね。みんな集まるから」と言ってきた。

私はサーちゃんの介護の合間に毎日ニナと顔を合わせている。そのため「うん、わかったよ」と返事をしながら、子どもの遊び話かなと半分流した。

木曜日、市場で夫の異母姉からニナと同じ話を知らされた。私は「ごめんよ、遊び話じゃなかったんだね」と心の中でニナに謝りつつ、軽い気持ちで誘いにのった。

金曜日、叔母に会った。またまた同じ知らせを受けた。しかも、みんなでルジャック(インドネシアのピリ辛いフルーツサラダ)を作るという。どうやらけっこうな人数が集まるみたいだ。

今週は、ニナのおばあちゃんの弟が亡くなって、一連の儀式で親族一同総動員。私たちは大忙しだった。

土曜日に儀式がひと段落つくからお疲れ様会でもするのかしら?と私は想像した。人数も多そうだし、何か差し入れでも持って行った方がいいかな?

土曜日の昨日、夫の異母姉にこそっと聞いた。

「姉さん、明日の集まりってなんの集まり?なんの日だっけ?」

「なんの日でもないよ。叔母さんがサーちゃん(私の姑)のお見舞いに行くから、みんなで一緒に行って、ついでにルジャックでも食べようって声かけたんだよ。」

おっと、叔母さんの発案なのか。
叔母さんは日本でいうところの「本家」に嫁いだ人である。こりゃマジ話だな。
しかもルジャック作りはおまけで、本命はお見舞いだ。

私はその日釣りに行く予定だった夫に知らせた。

「釣りに行ってもいいけど夕方には帰ってきてね。叔母さんがお母さん(=姑)のお見舞いのためにみんなを集めてるんだって。」

「おぅ?そうなの?わかった。」

よし、これで安心。

それにしても優しいなぁ。みんな儀式が続いて疲れてるのにサーちゃんのお見舞いに来てくれるなんて。

*

さて本日・日曜日。16時、私たち家族はいつものように午後のお祈りをし、シャワーを一浴びしてから、姑の介護へと向かった。

姑のいる次兄の留守宅に到着して長兄のお嫁さんと世間話をしているうちに、続々と他の家族もやってきた。

今日やってきたのは、叔母夫婦1組、別の叔母の息子夫婦1組、ニナの家族を含めた異母兄弟家族5組、その娘家族1組の合計8家族だ。

あっという間に一族がこんもり集まって、異母妹宅のブルガでワイワイとルジャックづくりが始まった。

本来なら長兄家族と私たち家族がこの8家族をおもてなしすべきなのだが、介護の合間にそれは厳しいと思われたのか、異母妹の家でみな勝手にコーヒーや紅茶を淹れて飲んでいた。

一人二人と姑サーちゃんのベッドのまわりに来ては、挨拶をする。サーちゃんは久しぶりにたくさん親族と会えた。

みんなを招集した叔母さんが、私に「S地区のサーちゃんの姪に(サーちゃんの容態を)知らせなさいね」と言った。

叔母は、サーちゃんと同じ脳梗塞で倒れた義理の母親を一年ほど介護していた。

私は、叔母から見てもサーちゃんはよくないように見えるんだな、やっぱそうだよなと思いながら首を縦に振った。

延々続々、誰かが交互にサーちゃんのベッド横に来る。

サーちゃんの言葉は言語障害のためにもつれていて、みんな何を言っているのかよくわからない。それでもサーちゃんにお水を飲ませたり、手を握ったりしていた。

その傍で、女性たちはルジャックを食べ、子どもたちは遊び、男性たちはタバコをふかして喋っているような黙っているような、まぁタバコで間が持っているような空間を作り出していた。フフフ、楽しいな。

なんだかんだで2時間半ほど談笑し、モスクからの日没のお祈りを呼びかける放送を合図に、自然とお開きの流れになった。

来てくれてありがとうと、みなに挨拶をして回る。
私もだいぶインドネシアの嫁っぽくなってきたかもしれない。

それからさらに2時間、私たち家族と長兄家族はサーちゃんに夕食を与えたり、オムツ交換をしたり、介護しやすいよう家具のレイアウトを変えたり、取りとめもない話をしたりして過ごした。

私の日々の介護で一番の仕事は、オムツ交換の際に温かいお湯をふくませて硬く絞ったタオルでサーちゃんの全身を拭くことだ。今日もくまなく拭いた。

今日はお見舞いの最中に飲み水がこぼれたので、夫と長兄にサーちゃんを抱き上げてもらい、その間に長兄嫁であるA姉さんと私とでシーツを取り替えた。

ごはんを食べてこざっぱりしたサーちゃんは、だいたいこの後気持ちよくなるのかスッと眠りにつく。

が、今日はサーちゃん、眠らなかった。

首が痛い、背中がかゆいなどと訴える。さっきまで賑やかだったから、何かソワソワするのだろう。

あっという間に21時だ。
困ったね、こりゃ今日は終わらなさそうだぞ。

そう思っていたら、A姉さんが「もう帰っていいよ。大丈夫だから」と気遣ってくれた。A姉さんもそろそろ切り上げたいっぽい。それならばと、言葉に甘えて私たち一家も帰ることにした。

挨拶のためにサーちゃんの手を取ると、サーちゃんは口を少しすぼめて私の手を握った。寂しくて不満なんだな。

サーちゃんは瞬きをして、目をクルンとさせてからまっすぐ私に向けた。

「また明日も来てね」

今日の会話のなかで一際はっきりと聞き取れる言葉だった。

今日はたくさんの親族が来た。私はサーちゃんも嬉しかったろうと思っていたが、もしかしたらその分余計に今、寂しさを感じているのかもしれない。

A姉さんが「お祈りに帰ると言いなさい」と小さな声で入れ知恵してくれた。サーちゃんもお祈りといえば納得する。

「お母さん、お祈りの時間だから帰るね。お母さんがよく眠れるようにお祈りするからね。おやすみなさい、また明日もくるよ」

私はサーちゃんの手を撫で、離し、肩を撫で、離した。

(2020年7月19日、Midori Rahma Safitri)