他人の子育てに口出ししようとして、猛烈に後悔した話

こんにちは~。みどりやで。

直接的でも間接的でも、誰かの子育てに物申したくなることはないかな?

「それはちょっと…」とか「こうしたほうがいいよ」とか。

先日、私は幼稚園のママ友に一言申したくなって。

そのあとすごく後悔したの。

そこで、今回、特に小さなお子様を子育て中の親に何かを言いたくなったとき、気を付けたいことを書いたよ。

じゃ~、いってみよ~。

Rちゃんはお母さんにしがみついて泣きに泣いた

娘の幼稚園では、園児全体の2割ほどの保護者が子どもを教室の外で待っている。

私は、娘の教室の前の廊下に座っている。

私と同じように廊下にいるのが半分。

残り半分は園庭の奥の木陰にいる。

▼保護者同士の交流の場にもなっている。写真はみんなで果物を食べてるところ。

二週間ほど前のある日。

教室から急にRちゃんが出てきた。

木陰に座っているお母さんを、泣きながら大声で呼んでいる。

Rちゃんのお母さんは木陰のお母さんたちの輪から離れて、園舎へやってきた。

Rちゃんは、母親にしがみついて泣きに泣いた。

「もう!(教室の)中に入りなさい!」とRちゃんに強く言うお母さん。

Rちゃんはますますしがみついた。

先生がやってきて、泣くRちゃんをなだめながら手をつないで教室へ入った。

Rちゃんのお母さんは、私の横に腰かけた。

「Rちゃん、あんなの珍しいね。どうしたの?」

私の質問の意図を勘違いしたのか、Rちゃんのお母さんは困った子よねぇとつぶやいた。

「ううん、困った子じゃないよ。何かあったのかなって心配してるの」

言い直すと、Rちゃんのお母さんは「Rに、廊下に座ってほしいって今朝から言われてたの…」とため息をついた。

「そうなの? じゃあ、一緒に座ってましょうよ」

彼女に私の横に座るように促した。

これが数回続いたので、Rちゃんのお母さんに尋ねた。

こういうことだった。

Rちゃんの一番上のお兄さんが結婚し、6日前に赤ちゃんが産まれた。

兄さん夫婦と赤ちゃんは、Rちゃんちに同居している。

「わあ、生まれたばかりなのね、おめでとう!」

「ありがとう。…でね、私もその子のお世話で忙しくて…」

つまり、Rちゃんは寂しいんだ。

あの涙は「お母さん、私と一緒にいて」という叫びだったんだな。

一緒にいてあげたらいいのに

私が真っ先に思ったことは、「だったら、Rちゃんの言うとおりにここに座ってあげなよ」だった。

一緒にいてあげたらいいのに。

あんなに声を振り絞って泣いているんだから。

ここに座ることくらい、どうってことないじゃないの。

いくつかの言葉が頭の中をめぐったが、言わなかった。

なんとなく失礼な気がしたからだ。

あまりいろいろ言うのも気が乗らない…。

言うのは簡単。

だけど、言われるほうはね、簡単じゃないからそうしてないんだよね。

もしかしたら、寝不足だから教室前より木陰でゆっくりしたいのかもしれない。

私は、母子ともに元気なの?とか、もう名前はつけたの?とか、当たり障りのないことを話した。

一通りそんな話をして、「Rちゃんは寂しいのかな」と聞いてみた。

「うん、そうね」と返ってきた。

やっぱり、Rちゃんの気持ちはわかっているんだな。

翌日は、さらにひどかった。

その次の日も、同じようなことが続いた。

泣いて一緒に教室へ入ろうとせがむRちゃん。

泣くRちゃんに「そんなんだったら帰るよ!」と怒鳴る。

この繰り返し。

Rちゃんはかわいそうだが、お母さんの気持ちも痛いほどわかった。

私も全く同じことをしたことがあるからだ。

その時の自分の気持ちを覚えている。

こんなだった。

「お母さん、一緒にいて」って言うから、一緒にいるやん!

家に帰ってほかにしたいことがあるのに!

それやのに、何で泣くの?

なんでほかの子みたいに機嫌よく教室に入って遊んでくれないの?

そうこうしているうちに、周りのお母さんたちから「娘ちゃん、どうしたの?」なんて声がかかる。

うごぁぁぁー、そんなこと聞いたら余計に泣くからやめてぇぇぇ。

Rちゃんのお母さんは、とても嬉しそうに赤ちゃんのことを話した。

なのにRちゃんには手を焼いて、抱きつく手をほどこうとしていた。

どれもわかる。わかるよ。

わかるんだけど、さ。

私は心の中で「だーかーらー、そうやって赤ちゃんのことばかり喜んでるからRちゃんは寂しいんだよぅぅ。気づいてあげてよーーーー」と叫んだ。

自分は言われたらイヤだから言わなかっただけ。

猛烈な後悔が襲ってきた

週があけて、ここ二日間、Rちゃんは落ち着いていた。

Rちゃんも少しずつ赤ちゃんを受け入れられるようになったのだろうか。

わからないけど…よかったなぁ。

緊張の糸がほどけたのか、私もふっと笑顔になった。

同時に、猛烈な後悔が襲ってきた。

後悔したこと

なにがよかったなぁ、だ。

お前(私)、何もしてないじゃん。

そんな声が頭の中でこだまする。

たしかに面と向かっては何も言わなかったよ。

だけど…

思った。たしかに思ったんだ。

なんでRちゃんのお母さんを責めるようなことを思っちゃったんだろう。

「こうしたらいいのに」なんて偉そうなことを考えたんだろう。

はじめての孫でとても嬉しいんだから、一緒に諸手を挙げて喜べばよかった。

一方で、産後の体を休めているお嫁さんにかわり朝から晩まで赤子の面倒をみて、相当な神経を使っていたはずだ。

おまけにRちゃんも赤ちゃん返り。

もっともっと労えばよかった。

彼女の考えていること、抱えていることを教えてもらえばよかった。

もっともっとたくさん彼女の話を聞けばよかった。

後悔が渦巻く。

つまりのところ、私は上から目線でRちゃんのお母さんのことを見ただけなんだ。

子どもが泣いてる、かわいそう…とか言って。

ちょっと自分の知ってることややってることを取り上げて、あなたもこうすればいいのにって。

親身になってなかった。

かけてほしい言葉

じゃあ、どうすればよかっただろうか。

私なら、娘にイライラしてキーッと当たってるときに、「まぁまぁ」なんて言われたくない。

やめなよとか、ああしたらこうしたらなどと言われた日にゃ、「ほんならお前が面倒みろ」となる。

そんなときに言われて嬉しいことなんかほとんどない。

何を言われても責められてるような気がするもん…。

ましてや、直接/間接に責められたり否定されたり望んでもないアドバイスをされたり可哀想がられたりなんか、一切したくない。

私も子育てしてるからわかる。

わかるのに…なんでなんだ、私。

もし、私が声をかけられる立場なら。

お疲れ様。

よくがんばってる/よくがんばったね。

あなたを想ってるよ…。

言われて心に染みるのはそれくらいかな。

それらだって中途半端に言われたら、お前に何がわかる!と逆ギレするだろう。

労いの言葉は大切だよ。

でもね、労いの言葉をかけるならね、その人が何に苦心したかをちゃんとわかってないとダメだ。

その人が悩んで考えて身を粉にしてることは何?

相手に対する関心がないと、それは見えない。

聞いたって教えてもらえない。

だから、お疲れ様の一言も、心から言うのは並のことじゃない。

でもでも、本当に心からの「お疲れ様」は疲れを全てを溶かすだけの力がある。

そのあとは、植物のようにそっと一緒にいてくれたらいい。

心の中に責めたてるような気持ちをもたず、淡々と「そうなんだね」と受け止めてくれたら最高だな。

子育て中の親に声を掛けるならば

あーあ。

今回は大後悔だった。

だけど、後悔先に立たず。

この悔しさを今後の人間関係やコミュニケーションに生かしていくしかない。

これからも、子育て中の親に何か声を掛けたくなることがあるかもしれない。

特に子どもが泣いてるとね、いろいろ言いたくなっちゃう。

でも、ちょっとだけ待とう。

ほんの1分、その親が何に粉身しているかを考えてみよう。

24時間休む間もなく、懸命に子どもの命を守っていることがわかるはずだ。

そして、その労をねぎらおう。

最もほしいときに、最もほっしている言葉を掛けられるーそんな人間になりたい。

最もほしいときに、最もほっしている態度で接することのできるーそんな人間になりたい。

ただ隣にいる誰かを慈しむことに取り組んでいるだけなのに、慈しむって奥が深いなぁ。

まだまだ修行の道はながいと思った。

(でも、あきらめないぞ)

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