鬱っぽかった夫がいつの間にか元気になっていた話

実家に「スーホの白い馬」という絵本がある。

母の大好きな絵本だ。

私は幼いころから「スーホの白い馬」を何度も何度も読んだ。

あんなに繰り返し読んだのに、いや、読んだからなのか、「塞翁が馬」という故事成語をきくと自動的にスーホの白い馬が目に浮かぶ。

スーホの馬ちゃうねん!

翁の馬やねん!

なーんて、今、私は軽やかな気持ちで笑っている。

今日、「塞翁が馬やな~」と思うことがあったから。

夫のことである。

夫は今年のラマダン(イスラム教徒の断食月。2019年は5月5日から6月4日まで)あたりから、鬱っぽくなった。

夫は地震のあと仕事がほとんどなくなり、人間関係でももつれがあった。

状況的にはわからないでもない。

それにしてもひどい落ち込み方だなと、気を付けてみておくことにした。

すると、ある日、夫は「死にたい」と言い出した。

イスラームでは自殺はご法度である。

自殺なんてとんでもないと考えていた夫が死にたいと言い出すなんて、余程のことだ。

ドキドキしたと同時に、よくぞ言ってくれたと思った。

私に気持ちを打ち明けてくれて嬉しいと伝えた。

さーて、どうしようか。

いろいろ試した。2か月ちょっとで変化がでてきた。

一番効果的だったのは、一番上の「褒め、感謝、存在の肯定をたくさん口にする」かなぁ。

それと、あまり「どうしたの?」などと聞かずに、「この人はいつか這い上がってくるだろう」と信じて、適度に放置したのもよかったように思う。

夫自身は、お祈りをしっかりしたからだと言っている。

お祈りをすることで、心を強く保ち直せたということだ。

ほ~、なかなか私にはパッとでてこない言葉だなぁ。

こんなふうに少しずつ鬱っぽさから脱出中の夫だったのだが、今日、私はふと思った。

「あれ、夫、元気やん!」「いつのまに!」

7月末から8月初旬にかけて私は震災後一年の取材が二本入り、その後、犠牲祭・娘の幼稚園の創立記念日・インドネシア独立記念日と様々な行事やイベントがあった。

とどめに姑が入院~退院~介護開始となって、それはそれは目まぐるしかった。

何をしたか覚えていないくらい。

それもあって、ほとんど夫に目を配れていなかった(夫、ごめんやで~)。

で、気付いたら「夫の顔色、ええやん」「あれ、最近友達とよく会ってる」「外出増えた!」「くだらないジョークを言ってるな」「笑ってる!」と嬉しい発見がたくさんできた。

え~、鬱っぽいの、吹っ切れた~⁉

夫にも「最近、元気がもどってきたよね?」ときくと、本人もそう感じていた。

自分なりになぜかを分析した。

姑が倒れて入退院までし、おまけに介護もはじまったのは大変なことだった。

こちらの入院は基本的に家族も一緒に病院で寝泊まりする。

義兄と夫は病院(地震で倒壊したのでプレハブの簡易小屋)の脇の地べたで寝た。

退院してからは、地震のトラウマで家に入れず、いまだ庭の東屋で寝ている姑にあわせて、義兄と夫が毎日交互にテントを張って寝た。

自分の親の下の世話をし、服を着替えさせ、体を拭く。

水を飲ませ、ごはんを与える。

赤ちゃんと同じで、24時間、自分の都合などお構いなしに看護・介護をする。

ヘトヘトだ。

なんで無気力で鬱っぽかった夫がこんなに頑張れたかというと、倒れた日に、「(今晩あたりが)危ないので家族親戚を呼んで」と言われたからだった。

自分の悩みなど全部吹き飛んだに違いない。

母親のために火事場の馬鹿力を発揮して、夫は元気になった。

まさかこんなふうに夫が鬱っぽさから抜け出すとはなぁ。

何が吉となるか凶となるかわからないものだ。

人生万事塞翁が馬。

これも神の思し召し。

私たちは、今日もロイヤルストレートフラッシュな神の采配をありがたく頂戴した。

(みどり)

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