おばあちゃんの終戦記念日

おばあちゃんは大正生まれ、92歳で亡くなった。

おばあちゃんは、20代の真っただ中、茨木のり子さんの詩のごとく一番きれいだったときに第二次世界大戦を迎えた。

おばあちゃんは生前、「いいなぁ、今の子は。好きな人と手をつなげる」と言っていた。

おばあちゃんは意中の人と結婚できなかった。
両親の計らいで、親戚の中から戦争で生き残った人と結婚することになった。

おばあちゃんは結婚した人ーつまり私のおじいちゃんーのことをこれっぽちも好きではなかった。結婚してからもずっと、好きではなかった。

昔、おじいちゃんのことで、家にどこかから電話がかかってきて、おばあちゃんが頭を下げているのを見たことがある。

おじいちゃんは、真面目で几帳面だったけど、ときどき酒乱で問題を起こした。

まだ子どもだった私は、おじいちゃんがそんなふうだからおばあちゃんはおじいちゃんを邪険に扱っているのだと思っていた。

でも、違っていた。

残念ながら愛していなかったのだ。

婿に入っていたおじいちゃんは、家の中に居場所がなく、外で一寸気晴らしをしたかったのだろう。

でも根が真面目な人だから、うまく気晴らしができなかったのではないかな。

結婚後、私は母からおじいちゃんとおばあちゃんの結婚生活について聞く機会があった。

「『あの結婚をさせたのは失敗やった』と、おばあちゃんのお母さんが言うてたわ」

何十年も配偶者を愛せなかったおばあちゃんと、ついに愛されぬままこの世を去ったおじいちゃん。

どちらもひどく悲しい。

わたしやあなたが大好きな人と結婚できない。

わたしやあなたが大好きな人と一緒に暮らせない。

わたしやあなたが大好きな人と手をつないで歩けない。

わたしやあなたが大好きな人と築きたかったいくつもの時間がすべて奪われる。

わたしやあなたが大好きな人がほかの誰かを殺す。

これらが当たり前になるのが戦争。

おばあちゃんとおじいちゃんは離婚も別居もしなかったし、私たち孫には優しいおばあちゃんとおじいちゃんだったけれど、二人とも寂しかったにちがいない。

おばあちゃん、おじいちゃん、天国でお互いの好きな人と過ごしてね。

みどり

関連書籍

▼「おんなのことば」(茨木のり子)

 戦時とそれからを詠んだ「わたしが一番きれいだったとき」が収められている。教科書で読んだ人も多いはず。おばあちゃんとの違いは最後の三行の心持ちだったんじゃないかな。明るさと厳しさ、両方のまなざしがある詩集。
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