童心に返るどころか童心を飛び越えて雨と遊んだ話

昨日、何か月かぶりに雨が降った。

娘は、日本で買った雨合羽と長靴が大好きだ。

雨が降ったら、いつもその合羽と長靴スタイルで遊ぶ。

↑娘(右)と遊ぶ娘の従姉妹Mちゃん。

一番のお気に入りは、家を出てすぐのところにある家の軒下の雨どいから滝のように落ちる雨で頭を打たれること。

滝行をしている僧侶のようだ。

以前、近所のお姉ちゃんがこうして遊んでいるのを見てから真似するようになった。

↑そのときのお姉ちゃんたち。二年前に撮影。
ロンボク島では、こんなふうに雨が降ると雨をシャワーがわりにする人がたくさんいる。

今回は、そんな楽しい雨の日の話。

じゃ~、行ってみよ~。

昨日は、急に降った。

数日前から雨が降りそうな気配はあったが、降らなかった。

なのに昨日は、のんびり読書をしていたところ外から突然、窓を打つ雨音がした。

「うがぁーーーー、やられたーーーー!!!!」

洗濯ものを取り込みに走る私の横で、娘は合羽を着始めた。

「うわぁ、プーちゃん、合羽久しぶりだねぇ。うれしいね!」

長靴はもう足のサイズが合わなくなっていた。

同時に、停電になった。

大雨がふるとよく停電になる。

洗濯ものは取り込んだし、ネット使用は絶望的だし、私も遊びに行こうかなぁ。

私も娘と一緒に散歩にいくことにした。

雨季初日からアホみたいにマンディ・フジャン(雨で沐浴すること)するやつもおらんだろう…。

と歩き出したら、70mほど先で近所の子どもたち数名が雨どい滝行をしていた。

「アホがいっぱいおるやん!」

子どもたちが娘の名前を大声で呼びながら手招きする。

娘は思わず走り出し、私も追いかけた。

向こうから子どもたちも駆け寄ってくる。

両手を広げると、すでに上から下まで全身ビショビショの子どもたちが飛びついてきた。

やめてけれー。

笑いながらも、子どもたちに抱きつかれて嬉しい私。

しばらく子どもたちと一緒に雨どい滝行をした。

煩悩?

消えるわけがない。

滝行すればするほど、もっと遊びたい!となるのが、インドネシアの雨どい滝行だ。

子どもたちが「保育園にいこうよ!」という。

保育園に何があるの?

わからないが、いいよと返事した。

娘をいれて男女7人の子どもたち。

みんなで水たまりの水しぶきを跳ね上げて走った。

保育園には先客が10人以上いた。

おそらくは雨が降る前から遊んでいた子たちだろう。

みんな、同じところに座っている。

何やってるんだろう?

近づくと、みんなは地震で倒壊したあとタイル張りの床だけが残っている保育園の一室で長座していた。

足をバタバタさせて水を掛け合っている。

一人が立って、座っている子の後ろへ回った。

座っている子の両手を持って、後ろへ引っ張るように走る。

タイル張りの上に薄く水がはっているので、面白いように滑っていく。

スケートリンクの上をくるくる滑っているよう。

娘を連れた近所の子どもたちも、すぐに同じようにして遊んだ。

寝そべったまま、ビュワーーーッとヘッドスライディング的なことをする者もいた。

わはは、ビッショビショのバッシャバシャやん!

私と娘ももはや合羽の意味がなくなるくらい水をかけられたり遊んだり。

観念して合羽を脱いだ。

こんなふうに雨で遊んだのなんていつぶりだろう。

楽しい!

子どもたちは、水中に棲む生き物のように水になじんでいた。

雨で滑るから危ないよといっても聞かずに、保育園の遊具で遊んでる。

裸足で水しぶきをあげながらサッカーをする。

鬼ごっこまではじまる。

河童か!

「ここの子どもたちには敵わないな~‼」

日本だったら、危ないから/汚れるから/風邪ひくからやめなさいと言われる類の遊び。

それを幼稚園児も中学生もキャッキャと楽しんでいる。

なんて幸せな子たちなんだろう。

こんなに全身で雨と仲良くなれて。

年齢の違う子たちと遊べて。

今年可愛がられた子たちが、3年もすれば可愛がるほうへまわって…。

ずっとずっと、この環境が守られたらいい。

空は曇っていたけれど、子どもたちは雨と一緒にキラキラ跳ねていた。

心からドバドバと喜びが湧いてくる。

子どもたちへの愛おしさなのか、子ども時代の懐かしさなのか。

体ごとポーンと空に向かって差し出されたような感覚。

なんなんだろう。

何に心動かされているんだろう?

よくわからなくて、家に帰ってから少し考えた。

理由なんてない、すごく根源的な喜びだった気がする。

自分の思い出じゃなくて。

ずっとずっとはるか昔からDNAが知っているとでもいうような喜び。

ああ、そうか。

雨が嬉しかったんだ。

待ちに待った雨だったもの。

雨がないのは苦しいよ。

本当に。

日本にいるときは、年中適度に雨がふるからあまり気にしなかったけど。

恵みの雨。

このフレーズは今までもよく聞いてきたし、カンタンに使ってきた。

けれど、今や心の底から言える。

雨や水がなくて、この先もいつ水が得られるかがわからない。

こんな経験をすると、久々の雨の日は天に向かって「アルハムドゥリラー」と思わず口にする。

アルハムドゥリラーは、アラビア語の Alhamdulillah。

イスラム教徒が神を讃え感謝の意を唱えるときの言葉だ。

ロンボク島の暮らしは自然にあふれていていいですねとよく言われる。

素晴らしい、と私も思う。

同時に厳しさもある。

できれば素晴らしいほうだけ経験したいけど、それじゃあ有難みもないのかな。

そのどちらをも経験できるからいいのだろう。

娘はこの日、珍しく晩ごはんのあとすぐに寝た。

余程楽しく、疲れたのだろう。

ママも楽しかったよ。

また遊ぼう。雨と一緒に。

みどり