【姑の介護】認知症気味の姑に顔を忘れられた話

姑サーちゃん(以下、サーちゃん)が痛風発作と思われる大きな痛みを訴えた。
次の朝、起きてすぐに様子を見た。

今日検査へ行くかと確認すると、サーちゃんは「行きたい」と言った。
よかった、昨夜はとても痛がっていたけど検査へ行こうとの誘いに応じたことは覚えているみたいだ。

足も痛くなさそうなので、バタバタと私と娘は幼稚園へ行った。

数時間後、幼稚園から帰宅。
すぐにサーちゃんのもとへと駆け寄った。
「どう? 検査いけそう?」

サーちゃんは言った。

「あんた誰?」

ガーン。

「ピット(私のこちらでの名前)だよ」

「は?誰?」

「だから、ピット!」

「え、アグス?(夫の釣り仲間)」

「ピットだって!!」

イスラム教徒の女性が身に着けるヒジャブを被っているのに、男のアグスなわけないやろ!

夫が横から「ピットだよ」とサーちゃんに教えた。

サーちゃんはすごく怪訝そうな顔を夫に向け、「ねぇ、これ誰?」とさらに尋ねた。

「ピットだよ」

「へ?」

「ピット!!!!!」

姑はふぅんと声を出した。まだわかってないっぽい。

「あー、もういいよ。ピット、今日の検査はなしね」
夫が呆れた声を私にぶつけた。

私の顔を忘れられたのは3回目。
いつだってひどくショックだ。でも、仕方ない。

たださ、悲しいよね。

なんでや。
なんで私のことだけわからへんねん。

そう、サーちゃんは夫や娘のことをわからなくなったことはない。

(▲姑サーちゃんと娘)

数日前、同じロンボク島に住む日本人の方々と会った。
皆さん、サーちゃんのことも介護をする私のことも「どう?」と気にかけてくださった。

認知症の症状が進んだりとまったりすることと、人の顔はいつも私のことだけ忘れるんですよねぇ。

そう伝えたとき、介護経験のある方が言った。
「我が子・我が孫じゃないもんねぇ。」

あ、そうか。

私は悟った。
そうや、私のことはお呼びでないんや。
だから私のことだけスッパリ忘れるねん。

お呼びではない。

なんと切ないことよ…。
これまで一番長い期間介護をしているのは私なのになぁ。

でも、たしかに私は呼ばれていないのだ。

ならば。
「私なんかお呼びじゃないんだから、アンタやりなよ」
そう夫に介護を押し付けてもいいのでは?
ってか、押し付けたいよね、正直!

でも、私は思った。

私は呼ばれていない。
潜在的には。
ただし、現実的には呼ばれている。

そして、超潜在的には、姑は誰かを必要としている。
おそらく、「誰か」は誰でもよい。
心から姑に愛を注いでくれる人なら。

私は童話を思い出した。
タイトルは忘れたけど、たしか、こんなあらすじだ。

あるところに親と三人姉妹が住んでいた。
あるとき、親が病気?になった。
誰かが面倒を見なければならない。
上の二人はわがままばかりで自分のことを優先した。
そこで、一番下の心優しい妹が面倒をみた。
(中略)
最後には、その妹が幸せになったとさ。

そう、これだよ!

この末妹のように心優しく、サーちゃんのお世話をしよう。
たとえ顔を忘れられても。
いつかいいことがあるだろう…。

…。

…。

…。

できるかーーーー!

わたしゃあ、そこまで心清い人間ではないわ。

と、まぁ、日々心は揺れる。荒れる。
優しくサーちゃんのお世話をしようと思う日もあれば、そんなこと言ってられっかーーーー!!!とちゃぶ台ひっくり返したい日もある。

折しも、この童話のようにサーちゃんには三人の息子がいて、それぞれに嫁がいる(数か月前に一人離婚したが)。我が家も誰かがサーちゃんのお世話を引き受けなければならない。

で、冷静に見回すと私になるのである。

うん。
呼ばれてないけど、やるしかないよね。

どうせやるなら、なるべくはサーちゃんが残りの日々を幸せに過ごせるようにしたいな。

これからどんどん認知症が進んでも、自分の子と孫に囲まれ、誰かわかんないけどなんか親切にしてくれる人(私)がいるー。

ああ幸せだなぁ、いい人生だったよ。
そう感じてくれたらよいなぁ。

これからますます、ちゃぶ台をひっくり返したい日も、勢い余ってひっくり返してしまう日もあるだろう。

だけど根っこは、そんなふうに晩年を過ごしてもらえたらなと思っているんだよ、お母さん。

拙い介護だけど許して頂戴。

(Midori Rahma Safitri)

※この記事は、noteに 2019年11月4日初出したものです(noteアカウント不調のため移動)