姑サーちゃんがアカンかんじになったので、家族親族総動員した話

昨日の昼前、サーちゃんはテラスに座って、チクチクとスカートの裾をまつっていた。

私はテラスから見える場所で家計簿をつけることにした。

10分もしないうちに、サーちゃんの変な声が聞こえてきた。

呼吸とともに声が漏れている。

あれ、なんかおかしいぞ。

「どうしたの? 無理しないでゆっくり縫ったら?」と声をかけながら、サーちゃんに近づく。

「寒いから部屋に入る…」

寒い? こんなに暑いのに?

外はピッカピカに晴れていた。

手が冷たいというので手を握ると、本当にひんやりしている。

サーちゃんは部屋へ移動するためによいしょと立ち上がったが、足も冷たくなっていて思うように歩けない。

すり足歩行のサーちゃんの手を引きながら、なんとか部屋のベッドまで辿り着いた。

娘も心配そうにサーちゃんのもう片方の手を引いてついてきた。

「毛布…」

すぐに薄手の毛布一枚と軽い掛布団を一枚、ベッドに横たわったサーちゃんの上にかける。

お湯がほしいとのことで、コップに湯を入れて手渡す。

さらに、吐き気がするというサーちゃんに、娘はレジ袋を持ってきた。やさしいね。

サーちゃんはガタガタ震えながら毛布を頭までかぶって、コーランの一節を詠みはじめた。

これはアカン。

直感的に、アカン、と思った。

何がアカン(ダメ)なのかわからないけど。

娘に充電していた携帯を持ってきてもらい、長兄に電話。二回とも電話にでない。

「何しとんねん!」と携帯を投げつけたい気分になりながら、夫にも電話ですぐ帰ってきてと頼んだ。

そして、娘を叔父宅へ走らせ、叔父叔母を呼んできてもらった。

娘は本当によく手伝ってくれた。

夫が帰ってきた。お客様の対応中とのことだったが、たぶん全部任せてすっ飛んできたんだろう。娘も帰ってきて、叔母叔父もほどなく到着した。

みんなの顔を見るだけで、私はずいぶんと安心した。

寒い寒いとサーちゃんが訴えるのをきき、叔母が手を、私が足を、娘が背中をさすった。

家族親族がすぐに集まり、3人にさすってもらえるなんて、幸せなことだよなぁ。

サーちゃんの容態はよくなかったが、頭の隅っこではそんなふうに思った。

夫は部屋の外で誰かに電話をした。

次いで、夫と叔父が長兄を探しに行った。

長兄はお祈りと昼食のために帰宅しており、自宅から我が家へお祈りの格好のままやって来た。一人、また一人と部屋に家族が増える。

長兄がサーちゃんに話しかけた。

「どこが痛い?」

「頭。熱い」

熱い? 寒かったんじゃ?

脇下と首筋を触るとたしかに熱かった。そうか、さっきの寒さは悪寒だったのか。

サーちゃんは、細い声でかかりつけ医のヌール先生のところへ連れていってほしいと頼んだ。しかし、体が起こせないのに連れていくのは不可能だ。

「ヌール先生、この時間どこにいるっけ?」

「郡立病院じゃないの?」

「〇〇村の?」

「いや、港だろ」

新型コロナウィルスの流行で、我が家から1キロ先の港では検疫をしていた。

家族親族の短いやりとりのあと、長兄がヌール先生を港の簡易詰め所まで呼びに行った。

ヌール先生が我が家に来るやいなや、サーちゃんは「寒いからお湯がほしいと言ったら、みどりが熱湯をもってきて、それから体が熱い」と主張した。

なぬー。

たしかに熱い湯を渡したが。

以前、気を利かせて少し冷ましたお湯をもっていったら冷まさないでと怒られたことがある。それ以来、サーちゃんがお湯といったら常に熱湯をもっていっている。

この家族親族がいっぱいいるなかで私のせいにする~?

私のせいですか、はいそうですか!

ヌール先生は内心トゲトゲになった私に、「病人にはぬるま湯を渡すんだよ」とにっこり笑っておだやかな口調で言った。

叔父や叔母も「だはは~、みどりったら~」と紙よりペランペランな調子で目くばせをしてきた。

インドネシア人の平和主義には救われるなぁ。

ヌール先生の診察をうけ、注射と薬をもらったサーちゃんは、安心したのかこのあとすぐ眠り始めた。

やれやれ。私たちは誰が何を言うでもなく解散した。

私と夫が残った。

職場に戻らなくていいのかと尋ねると、夫はほかの人に任せてきたからもう少しいるよとタバコに火をつけた。

「コーヒー飲む?」

「うん、そうしよう」

二人でコーヒーを飲み、娘がよく働いてくれたことを伝えた。

娘は誇らしげに自分のしたことを夫に報告した。

「プーちゃん(娘)ありがとね。あなたも帰ってきてくれてありがとう。助かったよ」

私は娘と夫を交互に見て笑った。

人の生死がかかってくる現場は、反射的に重い。

こんな状況、一人だったら私は無理だ。

プレッシャーで気がもたない。

さっさと他人に助けを求めてよかった~。

みんなも来てくれてよかった~。

みんなの家や職場が近くてよかった~。

家族が病気になったら駆けつけることを許してくれる社会で、ほんとによかったよ~。ふぅぅぅぅ。

あ~よかったよかったと寛いでいたら、夫が立ち上がった。職場へ戻るらしい。

ドカドカッと外で足音がした。

次兄だった。

「兄さん!帰ってきたの⁉」

次兄は私たちの村から船で30分のギリトラワンガンという小さな島で働いている。

「僕が電話したんだ」

夫の声に、ああ、あのとき電話してたのは次兄にだったのかと合点がいった。

次兄はベッドの横に座って、眠っているサーちゃんの顔をじっと見ていた。

自由奔放な次兄が帰ってくるとは…。

家族を大切にする、いい島だなぁ。

次兄と入れ替わりに、夫は「じゃ、行ってくる」と扉に手をかけた。

「いってらっしゃい。気を付けてね」

「うん。みどり、ありがとう」

夫はそう言い残して扉を閉めた。

夫が姑サーちゃんの介護のことで私に礼を言ったのははじめてだ。

心身に乗っかっていた今日一日の緊張や疲れがドサドサドサッと全部剥がれ落ちるような気がした。

あ~この一言で十分。

私は次兄にコーヒーを淹れるために立ち上がった。

認知症の介護がはじまる前に読んでおいてよかった本!

わたしのお婆ちゃん 認知症の祖母との暮らし(ニコ・ニコルソン)

作者の実話。コミックエッセイだからサーッと読めるけど、介護する側・される側・傍観者だった側の気持ちが全部書いてあるから、いろんな気持ちがわかる本。

この本にでてくるお祖母ちゃんの「東日本大震災で家が流される→一命をとりとめる→新しい家が建ったが自分の家ではないかんじがする→認知症に」という流れがうちの姑にそっくりすぎて。姑の気持ちを理解するのに本当に役立った。

震災関係なくても、認知症の人の気持ち・介護する人の気持ちや介護の半端なさってこんななんだなって知ってるだけでも違う。できれば介護にあたる前に!ぜひ!