インドネシア語技能検定試験・B級を受験することにした話~再勉強のわけ~

こんにちは~。みどりやで。

インドネシア語技能検定試験(以下、イ語検定)B級を受けることにしたよ~。

イ語学検定C級を取得したのは、青年海外協力隊の隊員時代で7年以上前のこと。

B級は一気にレベルが上がって、合格率も約10%なんだって。ギェ〜。

それなのに、なぜ受験する気になったのか。

もう後戻りできないように(笑)、記しておく。

この記事はほとんど自分のための覚書きだけど、ほかに語学をやってみようかなぁと思っている人の背中を押せたらなと思うよ。

ではでは、いってみよ~。

インドネシア語技能検定・B級を受けようと思った理由

理由は一つだけなんだ。

インドネシア語の勉強を習慣化させたいから。

目の前に目標があると、私の性格上、目標を達成するために頑張ってしまう。

この性格をいかして、インドネシア語を勉強しようと思ったのだ。

つまり、イ語検定は、途中でイヤになってもインドネシア語を勉強するための装置♪

合否結果より、イ語検定受験をとおして継続的にインドネシア語の勉強ができ、インドネシア語がレベルアップすればそれでいい。

とにかく勉強し続けたい!

これだけ~。

では、なぜインドネシア語をレベルアップさせたいのか。

四つの動機があるよ。

軽いのと中くらいのと切実なのとめっちゃ切実なのと。

軽いのから順に並べて書くね。

インドネシア語再勉強の理由(軽) 初対面の人を驚かせたい

私はイスラム教に改宗して、ヒジャブを被っている。

肌の色もわりと浅黒いほうだ。

なので、初対面のインドネシア人からもなんとなくインドネシア人っぽく見てもらえるけど、一言二言話せば、そうではないとすぐバレる。

私のインドネシア語がおかしいからだ。

主に発音と語順、動詞の活用、ほかに細かい部分もいろいろとおかしい。

なので、ごく簡単な挨拶のあと、ほぼ必ずこう聞かれる。

「どこの人?」

それで日本人というと「やっぱり。発音が少し違うかったから」などと言われる。

クッソーとは思う。

でも、こう言うのをやめてくれとは思わない。

変なインドネシア語を話しているのは私だし、そりゃどこの人だろうって疑問を感じても仕方ない。

ただ、いい加減にこの会話パターンに飽きたw

もう何百回も繰り返しているんだもの。

そろそろ別のパターンの会話をしたい。

一番は、何も聞かれない。

これがいい。

もう当たり前のように「インドネシア人」として存在する。

で、何かの拍子に日本人だということがわかって、「え~、日本人なの~! アスタガーーーーー!(なんてこったーーーー)」くらいは言わせてみせたい☆

人の期待や固定概念、先入観をいい意味でひっくり返すのって、気持ちいいんだもの。あはは。

まぁ、インドネシア語が上手になったら上手になったで、面白くないこともあるんだよ。

「何年住んでるの?」

「10年です」

こう言おうものなら、そりゃあインドネシア語を上手に操れて当然だと思われる。

あまりいい気はしないよね。

「当然じゃないわ。勉強したんだもの!」って言いたくなるよ。

でもさ、10年もいるのに「どこから来たの?」と言われるレベルなのと「そりゃ上手なはずだわ」と思われるレベルだったら、私は後者のレベルになりたい。

そして、あっさり言い放つんだよ。

「うん、勉強してるからね(*^-^*)」って。

そこまでやっている自分を誇りに思いながらね。

自分が「よくやった」と思えるところへ行きたいな。

とにかく、こちらの人を驚かせて痛快な気分になりたいのが一つ。

インドネシア語再勉強の理由(中) 新しいライフステージに適応したい

これまでの私の生活は、行動範囲も狭かったし、毎日そんなに大きな変化もなかった。

毎日、娘の面倒をみて、家事をして、家族やご近所さんと話をする。

おのずと日常的に使うインドネシア語は固定化されていた。

が、去年の震災のあと、生活が変化した。

まず第一に、復興や心身のケアが必要になった。

たとえば、「復興」「デマ」「避難する」「被災者」「補助金」「申請する」「ストレス」「防災」などの言葉を知らないと、お話にならない。

そして、生活の手立てとして夫は旅行会社を立ち上げ、私はそれを手伝いながら、自分もパン屋をはじめることにした。

おまけだが、姑の介護まで必要になった。

生活が変化すると、必要な情報や知識も変わる。

当然、それに付随する言葉も変わる。

情報を受け取る器が小さいと少ししか情報を受け取れないし、情報を受け取ることそのものにも億劫になる。

でも、億劫になっている場合ではない。

だって、生きていかなきゃならないんだもの。

新しいステージはやってきてしまったし、元に戻らず、そこへ飛び込むと決めたんだ。

勉強するしかないよね~。

再勉強の理由(重要) 娘に楽しく勉強する姿をみせたい

娘は、言葉の壁にぶつかっている。

彼女がここで生活していくためには、ササッ語(現地語)とインドネシア語の習得が不可欠なのはわかっていた。

しかし、彼女は英語が大好きだったから、好きなだけ英語を伸ばしていた。

今のところ英語が一番話しやすいようだ。

インドネシア語3:英語5:日本語2くらいかな。ササッ語はほとんど話せない。

その娘が、2017年の7月から幼稚園にいくようになって、真っ先につまづいたのが言葉だった。

結果、登園拒否に。

2018年は転園して、新しい幼稚園では楽しかったがすぐに被災。

震災後のストレスで幼稚園にいきたくない、ママと一緒に家にいたいと言うようになった。

登園したのは半分くらいかなぁ。

それで、今年、幼稚園最後の年。

先生やお友達の理解もあって、やっと楽しく行けるようになってきた。

でもときどき、英語でなら言えるのにインドネシア語で言えない、なんてことがある。

悔しいよね。

うん、悔しいよ。

もう喉まで言いたいことがでてきてるのに、言葉がでてこない。

だからかわりに涙がでる。

よくわかるよ。

ママも同じ経験をしてるもん。

だからさ、勉強しよう。

お友達や周りの人に助けてもらうことも、とても大切。

そして、自ら学んでいくことも大切。

どっちも大切で、しかも楽しいんだよ。

それを示していけたらいいなぁと思っている。

再勉強の理由(最重要) もっと深いコミュニケーションをとりたい!

娘と同じく、言いたいことが伝えられないのは想像以上にもどかしい。

言いたいことがないわけじゃない。

日本語だったら言えるんだよ。

例えば、「悔しい」「懐かしい」「切ない」…全部、これまで言えなくてウグググゥってなった単語。

自分の気持ちや意見にふさわしいインドネシア語がわからないから、自分の言いたいことを言い表すことができない。

これは堪える。

大事な人と大事な話がしたいときはなおさらだ。

それと、簡単な言葉しか知らないと、どうしても話し方が幼稚になる。

「水」は言えるけど「上水/下水」「硬水/軟水」が言えなかったり、「水がほしい」は言えても「水道の蛇口をひねってほしい」が言えなかったり。

言えなくてもなんとかなるけど、スマートじゃない。

夫が私のインドネシア語は小学3年生レベルというのだけど、そのとおりだ。

自分の気持ちや意見を伝えられない以外に、もう一つ問題がある。

相手が伝えようとしていることがわからないのだ。

私の語学力不足のために相手のことが理解できなかったら?

これも自分が伝えられないのと同じくらい、精神的にガックリくる。

言い直してくれる人ばかりだとは限らない。

会議などで自分だけが何度も話を遮るわけにはいかないこともある。

機械の自動応答などもけっこう困る。

こういうのがね、いい加減にイヤになった。

実はここ2-3年ほど、もう少しインドネシア語を話せるようになりたいなぁという気持ちが年々強くなっていた。

勉強し直さなくても、まぁまぁなんとかなる。

これまでだって、なんとかなってきた。

でもさ、だんだん自分の気持ちが誤魔化せなくなってきたんだ。

どういう気持ちかって?

家族や周りの人々たちともっと深くコミュニケーションをとりたい!!!!という気持ち。

その気持ちに「まぁこのままでもいいや」と嘘をついたり、「そこそこでいいやろ」と妥協をしたりするのが、もうイヤになった。

私の場合は、深くコミュニケーションをとるための一つとして、語学の習得が不可欠なのだ。

そんなわけで、私はインドネシア語を再勉強することにした。

哀しいかな、私は、自分がすぐ三日坊主になることをよく知っている。

今回は三日坊主で終わりたくない。

そこで、検定試験を受けることにした。

受験とそれを公言することによって、インドネシア語勉強の習慣づけるのだ。

こんなものを世間に公開して、来年の今頃も小学3年レベルのインドネシア語やったら、自分に落胆するで。

それはイヤだ~。

逆に、周りの人たちと気持ちよく深い会話ができている自分を想像すると、ルンルン明るい気分になる♡

さぁ~早速、勉強のために必要な準備も整えたぞ。

また、経過を書いていくのでお楽しみに。応援よろしく~。

(みどり)