みどりいろっっ、再開します

こんにちは、みどりです。

今日からまたこのサイトを更新していきます。

まず震災の際に寄付をしてくださった皆様に、ご報告が遅くなっていることをお詫びします。ごめんなさい。

Polcaをとおしていただいた寄付で近隣800世帯にお米・油のセットを配布しています。その後、残ったお金で雨季に突入するために薬剤湿布済みの蚊帳を配布しようとしていたのですが、こちらは薬剤が輸入規制で引っかかり難しそうです。

すでに震災から半年が経過し必要物資などは物流に乗って手に入れる事ができるようになっています。しかし、我が家も含めて肝心の家と仕事がまだない(あっても十分ではない)という人々が多いため、残金は村の人々と仕事を創っていくなかで使わせていただくか、震災復興セレモニーに使わせていただくかのどちらかで考えています。

ほかにも様々な形でたくさんの方からいただいたお力・パワーを復興に充てさせていただきました。ありがとうございました。

写真▶︎左上:お米と油の配布、右上:ツンさんの映画上映会、右下:犠牲祭前後のコーラン暗唱コンテスト(景品を寄付金で賄いました)、左下:尾島さんのツアー企画運営ワークショップ

今回ご報告が遅くなった理由はいろいろありますが、あえて一つだけ取り上げるとするならば、「疲れた」というひどく個人的な理由です。

被災→集団避難生活→寄付集め、物品配布など→その他の復興支援活動→日本一時帰国(募金活動含む)と続いて、日本からロンボクに帰ってきたのを機に、避難先から自宅に戻って参りました。


上の写真のように自宅の中ではなく自宅庭でテントを張って生活していました。が、義母が地震のトラウマで必要以上にデマを信じてノイローゼ気味になっていたこと(最終的には寝込んでしまいました)、娘も情緒不安定で私から離れられなくなったことなどが、想像以上に自分のストレスになっていたように思います。

「大地震と津波と暴風が一気にくる」というデマがあった年末が何事もなく過ぎ、新年を迎えたあとから義母も少し落ち着き、同時に家族間の緊張も和らいできました。

昨年末から義母を除く家族は家のなかでの生活になり、ようやくパソコンも書き物をしている机の上におけるようになりました。早く書かなきゃ、寄付金のご報告をしなきゃ…と焦ってばかりいた気持ちも、今年の1月末ごろよりそろそろブログを書けそう…に変わってきました。

実は寄付金ご報告をはじめ下書きをしては書ききれずにいた記事が何本もあり、それさえ見るのがしんどかったのですが、今日やっとこうしてブログを再開できています。


大切なお金を預かっておきながら、またお心を寄せていただきながら、報告を怠るという不義理を働きましたこと、誠に申し訳ございませんでした。

今後の活動状況およびこれまでの経緯もあらためて、こちらのサマサマセナン・プロジェクトのサイトで報告させていただきます。※サマサマセナン・プロジェクトは、ともに慈しむ世界をつくるためのプロジェクトです。私が主宰しています

報告先を変更することにしたのは、現在ご覧いただいているサイトが、私の体験・気持ち・考えなどをエッセイとして表現する私的なブログサイトだからです。

一方、地震を機にした(復興)活動は、一般的には「仕事」より「ボランティア」という感覚に近いのかもしれませんが、私は仕事と捉えています。いわば私の「公」の部分です。

したがって、(復興)活動の進捗や成果・結果は私が一生の仕事として取り組んでいるサマサマセナン・プロジェクトのサイトにて掲載したいと考えました。

今年は以下の三つのことに取り組んでいきます。

・ベーカリー事業開始(まずは我が家の経済立て直し)

・ツアー事業開始(体験型ツアーの企画運営。村を盛り上げる)

・震災一周年セレモニーの開催(8月4日、北ロンボク予定)

サマサマセナン・プロジェクトのサイトも仮の段階なので決して見栄えのいいものではないのですが、少しずつ構築していきますので、よろしければご覧ください。

以上、簡単ですがご報告でした。

最後になりましたが、このような私のブログでも再開を待ってくださった皆様、本当にありがとうございました。元気にやっています!

どうぞこれからもよろしくお願い致します。

→サマサマセナン・プロジェクトのサイト

→日々の活動はツイッターで一番早くご確認いただけます。

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