やりたいことをやったらいいよ〜ピザを家で作りたくて作った話〜

シアーン(こんにちは)。みどりやで。

昨日は子どもたちとピザ作りをしたよ。

前も一度、発酵なしのフライパンで焼く超簡単ピザを作ったことがある。

が、今回はより本格的に作った。

オーブンを覗いては「おばちゃん、すごいよ、膨らんでる!!」「うわーーーー」「キャーーーー」と大盛り上がり!

ふわふわのピザは、意外にも茶飲みに来ていた舅の妹と姑が喜んで食べた。

自然の中でのピザ作りは最高♪

さて、今回のピザ作りは、夫がピザ屋でピザを購入してきたことに端を発する。

我が家からピザ屋まで8キロ。夫はバイクに乗って買いに行ったのだけど、ちょっと遠い。

でも、娘はピザが気に入っている。

そうだ、家でピザを焼けばいいじゃん。

うん、ピザ焼きたい!

いいねいいね!ピザ作ろう〜!

こんなノリではじまった。

我が家ではよく誰かが「したい」と言ったことを突然始める。これには理由がある。

一つには、娘をはじめ家族に新しい体験を与えられるから。

もう一つには、やりたいと思ったことをやってみることが当たり前の環境を作れるから。

私はやりたいことはどんどんやってみたらいいと考えている。娘にも私たち親自身がやりたいことをどんどんやる姿を見せたい。

なぜかなぁと考えていて、ある先生の顔を思い出した。

ピザ作りで使用した栄養士の専門学校時代のテキストを書いた河野先生だ。

少し、河野先生のことを書いてみる。

安心してやりたいことに飛び込む人やそれを見守る人が一人でも増えたら嬉しい。

*

これがそのテキスト。もう17年も前に使っていたものだ。

私がこの本を今も持っているのは、食品加工学が好きだっただけでなく、河野先生の授業がとても面白かったから。

コミカルな面白さではない。

オタクな面白さだ。

先生は1コマ90分、ずーーーーーーーーーーーーーーーーーっと喋り続けていた。その小柄な体のどこにそれだけのものが眠っているのかわからないが、食品食材を語らせたら何日でも嬉々として語り続けるだろう知識とパワーがあった。

イメージがつかない方は「さかなクン」を思い浮かべてほしい。

さかなクンは嬉々として魚のことならなんでも教えてくれる。おそらく、もういいと言うまで延々と語り続けるだろう。

河野先生もそうだった。

授業のたびにノートをとるのが追いつかないほどの知識が投下された。

座学の授業だけでなく、実習テキストにすら多くのメモが残っている。

*

先生の授業は今でも大いに役に立っている。

知識よりも、先生の授業を受けたという経験そのものが生きている。

「究める者はかっこいい」

それを見せてもらえたからだ。

2年生にあがって最初の授業で先生はこう言った。

「いいですか、みなさん。みなさんは栄養士になります。食の専門家です。人々が食に関するいろいろなことを尋ねてきます。あらゆることに答えられるようになりなさい。わからないことはわかるまで意地でも調べなさい」

例として、「市販の食べ物についている食品表示! あの欄にわからない言葉があったら調べ、卒業までに全部説明できるようになりなさい」と続けた。

ひぇーーーーーーーー。

ぜ、全部???

私は怖気付いたが、しかし先生を見ていると、先生こそが意地でも調べてここまで来た人だということがよくわかった。

意地になって調べまくったらこうなります、はい、ドーン!

あることを究めまくったお手本が目の前にいる。

素直に「すごい!」と思った。

先生は別に「すごい人」になりたかったのではないと思う。ただ好きで好きで、知りたくて知りたくて、もっともっとと貪欲に進んだらここまで来たのではないか。

それでも私にはすごい、かっこいいと映った。

先生が膨大な時間をかけて食品に情熱を燃やし続けたことを感じたのだろう。

若い頃に出会えたのは幸運だった。本当に。

*
世間では「好きなことをしよう」「やりたいことをしよう」「好きを仕事に」の大合唱だ。

好きなことをするにも、対人的な礼儀やマナーはあるし、避けては通れないものもある。そういう話は今回は触れない。

今日考えたいことは、好きなこと・したいことに強烈にのめり込んだときに、「それが好き・したいなんておかしい」と自分で思う/他人から思われることだ。

残念なことに、それにのめり込んでいる人が子どもだったり見た目や雰囲気と違っていたり、のめり込んでいるものがメジャーなものではなかったり、尋常ならざるのめり込み方だったりすると、異常者扱いされることがある。

私の弟がそうだった。彼は5-8歳くらいのころ、詳細な車のデザイン画を描いていた。毎日毎日車の絵だけを描いていた。他の絵は全く描かないし描けない。親は「この子、おかしいんちゃうか」と心配していたらしい。

私も大人になり子をもってみると、子どもに対して「こんなことやってて大丈夫かな」と不安になる親が多いことに気がついた。

さらには「おかしい」「それが何の役に立つの?(=立たないからやめなさい)」「変だ」「どうにかしてる」と聞いて育ち、それをやめてしまう人もかなりいることも知った。

私は自信を持って言える。

大丈夫だと。

おかしくないし、それどころか、それでお金も稼げて十分生活できるんだよと。

私は、食べ物が好きと聞けば河野先生の話ができる。虫が好きと聞けば、ほれファーブルを見よと言えるし、ゲームを何時間もやるんですと聞けば、ほれ梅原大吾を見よとなる。

「究めようとする力のある子ですよ」

「集中力抜群ですね。すごいです!」

「一つのことを継続できるんですね!」

「絶対大丈夫です」

こういうと、親たちは安心してくれる。

本人も自分自身への制限が緩み、思いっきり熱中できる。

河野先生をはじめ愉快でオタクな先生方のおかげだ。

*

娘ちゃん。お母さんはいつでも、のびのび楽しく過ごしてほしいなあって思っている。

せっかくある芽なんだから、摘まずに伸ばしたい。

どんどんやりたいことをやってみて、楽しかったら究めていこう。

楽しくなくなったら放置したり寝かしたりしてもいい。

ちなみに、娘と姪はピザ作りは楽しそうだったが、ピザを食べることにはイマイチ興味を示さなかった。

好きな味と違うかったらしい。

やってみると合わないこともわかるよね。

どちらにしても、楽しい時間だった☆

次は何をしようかな。

みどり

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