介護で疲れきる前に〜介護なんて他人に任せて任せて任せるのだ〜

ソレー(夕方版こんにちは)、みどりやで。

朝7時半。

朝から姪と娘は海水浴にいく予定だったにもかかわらず、まだ二人とも寝てる。

行く!と泣いて訴えていたわりにこれだ。笑

だけど、海に行かなくてよかったかもしれない。

昨日の夜中から私はいっぱいいっぱいだーーーー!

*

木曜の夜、姑はテレビを子守唄にすっかり寝ていた。が、私と娘もそろそろ寝るかと布団に入ったあとに突如頭痛を訴えた。その痛がり様は凄まじく、釣りに行っていた夫にも帰ってきてもらった。

翌金曜日はいつもの「病気お決まりコース」で長兄を呼び、まじない師にみてもらい、マッサージを受け、近くの親戚に病気の知らせをし(聞いたら見舞うのが普通)、夜に開業医のところへ注射を打ちに行った。

もう年なんだから無理するな考え事もしすぎるなと長兄に強くたしなめられ、「そんなこと言ってもまだじっとしていたくないし、考え事もしてないわよ」と姑は涙目であった。

今は頭にバンダナを巻くように布を巻いて、横になっている。頭が砕けそうだから縛っているらしい。夜の方が痛むようで、木曜も金曜も夜中にイタタタと呻いていた。そして、昨晩(土曜日の夜)は夜中の2時ごろに夫を呼ぶ声がした。

夫は昨日、珍しくボスと日帰りでバリへ行き、帰宅したのは21時ごろで疲労困憊だった。パパの帰りを楽しみに待っていた娘としばらく遊んで、二人とも崩れるようにして寝た。ぐーすか鼾をかいているので起きそうにないし、起こすのもかわいそう。

正直いって私はお呼びではないのだが姑の側へいった。姑からすると、私が駆け寄るより実の息子の夫がそばにいた方が数倍安心だし、ああしてこうしてとも言いやすい。それはわかるよ。

姑は「頭が痛い、フォークでグサグサと刺されているみたいだ」と枕にフォークを突き立てるような仕草を2〜3度した。停電中のため懐中電灯をつけ、枕にボスッボスッと突き刺す仕草のシルエットが大きく壁に写っている。ちょっとホラーだ。

そう思った瞬間に笑けて仕方がなかった。お葬式で不覚にも笑い出してしまう人ってこんな気持ちなんだろう。深刻になりきれなさよ。

そのまま姑の枕元で訴えをウンウンと聞いていると、「もういいから部屋で寝なさい」と言われた。寝室に戻ると、私の寝るスペースは夫と娘の曲芸的な寝相によって失われていた。

先ほどのホラーな影絵でテンションが上がっていたこともあり、ピクニックに行くかの気楽さでフフフン♪と枕とラグを持って、姑のベッドの横の床で寝ることにした。ここなら何度呼ばれても大丈夫だろう。

「お母さん、水飲む?」

「うん」

その後も姑はしばしば呻き、その度に私はムクッと起きて様子を見た。こんなに痛そうな人を目の前にしているのに、残念ながらどうにもしてあげられない。姑は日の出のお祈りをしてからようやく少し眠った。

*

5時半ごろからゴミ捨て掃除洗濯など朝の雑事を一息にやってしまい、やっとコーヒーを飲めた。しばらくすると横になっていた姑が起きてきた。ああもう8時前なのか。

姑は一人で頭痛の薬を買いに行き、朝ごはんを食べ、薬を飲んだ。

少し良くなったからコラッ(バナナや芋をココナッツミルクとヤシ砂糖で甘く煮込んだ汁粉風のおやつ)を作るという。

バナナやヤシ砂糖を買いにいき、あのホラー影絵はまるごと夢だったのではないかと思うほどせっせと働いて、ついに大鍋いっぱいのコラッを仕上げた。さらに驚くことに、三人の息子たちの家々に配り歩いた。

元気やんけ。

私は自分の中に小さなしこりがあるのを感じていた。

なんか腹立たしい。

何で? 元気になったのに。

(▲資源ゴミの片付けをする姑と手伝う娘)

*

この怒りはどこからくるんだろう?

少し時間をとって自分に問うてみた。

私はこういうとき、まずは手にペンを持つ。

そして、心の中にある感情を全て紙の上にさらけ出す。あとで捨てるので、どんなことを書いてもいい。

世間がドン引きするような言葉でもなんでも、とにかく書いて出す。

私にために書いているのだ。世間よ、さやうなら。

まとめると、私の主張はこんなふうだった。

・姑の頭痛のケアのため多大な時間と労力(とくに神経)を使ったのに、まるで一人で元気になったかのような振る舞いがムカつく→ありがとうくらい言え。労え。

・同じくケアのため睡眠食事勉強ブログなど自分のしたいことを後回しにしたのに、同上以下略。

・姑は私も夫も薬を勧めたのに飲みたくないからと飲まずに寝て、いざ痛くなったら「痛い〜」と弱った仔羊になるのはズルい→勝手に呻いてろ。自分の責任は自分で負え。

・これだけ手を尽くしても結局頼るのは長兄→長兄の家へ帰れ

・あのときもそうだった、このときも…→いい加減にしてよ

色々書いて思ったことは。

私と夫はこんなに頑張ってるのに報われてない!

こんな扱いすんな!

って憤っている。

もっというと、悲しいし寂しい。

*

ああ、なるほどな。

書くとよくわかる。

私は、私や夫や時に娘のことより姑優先になりすぎて、バランスがとれなくなっていたんだな。

だから、私と夫だけが辛い目に遭ってるがごとく心理状態になっている。

姑以外のことが後回しになって、後ろに置いてけぼりにされた私が「私だってここにいるよーーー!」と叫んでいるんだ。

そうだよね、そうだよね。

そりゃ被害者意識を持っても仕方ないよ。よく頑張った。

さて、これで苛立ちの原因はわかった。

じゃあ、これからどうする?

自分のことも大事にしようといっても、姑のケアは続くよ。

人手にも限りがあるよ。

いろんなことをグルグル考え始めて、ふと気がついた。

あれ、ほんとかな?

人手に限りあるっけ?

人類70億人、ほぼ無限に人がいるじゃん。

危ない危ない、また一人で頑張って視野が狭まってるよ。

よし、助けを求めよう。

もう一人で解決策を練るのはやめる。

私はこんな問題を抱えてますと共有する。

そして、みんなでアイデアを出したり、役割分担したりするんだ。

そうだ、なんでも一人でやらないことだ。

任せて任せて任せまくるのだ。

子育てしててよく感じるんだけど、大人一人で一人の子をみるより、五人で五人の子をみたほうが遥かに楽だ。割合的には1:1で同じだけど、大人が五人いたらあとの四人に任せて、少しお手洗いに行ったり食事とったりできる。こんな生活の最低限のことすらも大人一人で子一人をみるとできないこともある。

これは介護でも同じだと思う。私も今日、昼過ぎまで朝ごはん抜きだった。でも義兄と(たまたまだけど)叔母が来てくれたから、このブログも書けている。

みんなでやるんだ。

問題が共有でき、一緒にいてくれる誰かがいるのは幸運なことだね。

別に家族や親族に限らなくてもいい。

恋人や友達、信頼できうる人。専門家。ボランティア。たまたま隣にいる人。

「しんどい」って言うだけでいい。

「しんどい」と言われた人は「うん、そうか。しんどいんだね」って返すだけでいい。それだけですんごい心ほぐれるから。

幸運にあやかって、その誰かに任せよう。

それでいい。

一人で頑張りません、勝つまでは。

みんな、持ちつ持たれつで。

追伸) もしもあなたが何か一人で頑張って耐えてるのに誰にも相談できないことがあって、私にその辛さを打ち明けたいなら、問い合わせ欄からメッセージ送ってね。

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