ロンボク島地震/避難生活記録・4日目~待望の救援物資到着

パギー(おはよう)、みどりやで。

8月5日にインドネシア・ロンボク島北部で起こった地震で被災した。

現在、村の人々とともに屋外キャンプをして避難中。

少しずつ落ち着いてきたので記録としてブログ記事にする。

8月8日(水) ロンボク地震発生後4日目

前日に、インドネシアの日本語の新聞である、じゃかるた新聞の取材があった。

▶︎記事はこちら

取材中、村長は政府などからの救援物資が全く届いていないと言った。

それで初めて私は、物資が何も来ていないことを知った。

目の前のことしか見えていなかったが、避難地にあるテントのブルーシートや発電機などはすべて村のものだった。

私はすでに日本語で今回の様子を発信し、たくさんの方がSNSの投稿をシェアしたり、寄付金や励ましのお言葉を下さったりしていた。

郵便局が潰れているため日本からの物資輸送は難しい状況だが、ロンボク島の被害の大きくなかったところにも知人友人はいる。

もしかしたら、日本語でなくインドネシア語でロンボクの人々にむけて発信すれば物資要請の呼びかけにも応えていただけるかもしれない。

善は急げ。

村長に今現在からこの数日で支援が必要なものを挙げてもらった。また村民たちにも写真掲載の許可を得、学生に投稿文章の添削をしてもらった。

朝、Facebookに支援物資提供のお願いを投稿をした。

投稿を見てというわけではないのだが、昼頃に被災者の親族がキャンプ地を訪れて下さった。待望の飲み水とナシブンクス(お弁当)、ウリなどの野菜、テント一張が届いた。

ここではなんでも弱い者(守られるべき人)優先で、ナシブンクスとゆで卵は速やかに小学生以下の子どもと妊婦に配られた。女性たちは料理をはじめた。物資を置く場所もないので、男性たちが竹を切りに行き、竹と黒いシートで簡易的な置き場所を作った。

夜には大人たちも被災後初めていつもと変わらぬ野菜のスープを食べられた。私は皿を目の前にしたとき、思わず拍手をした。

その料理の最中に、料理をしていた場所から一番近くのテントでギャーーーーという叫び声がした。女性たちがあっという間にそこへ集まり、中の何かを覗き込んでいた。小さな子どもに何かあったのかと思った。

「どうしたの?」

「服が届いたんだよ」

アンペナン(ロンボク島の中心的なマタラム市内に地名)の小学校からダンボールで古着が届いたのだった。服は子供用だったが、女性たちは我が子のために争奪戦を繰り広げた。料理を放っぽりだして服に群がる女性たちを男性たちはオイオイ料理料理!と言いながら笑ってみていた。

「喜んでいるのをみるのは嬉しいね」と私の横にいた男性が言った。

*

午後、一番暑い時間帯をさけて、義兄たちがいるというキャンプ地へ行った。姑が義兄たちのことを心配して心配して、1日に何度も電話したいここで一緒に暮らしたいと言うのだが、電話が繋がらなかった。

キャンプ地は警察署の裏でだだっ広い広場にどこまでもテントが続いていた。後に3000人ほどがそこにいると聞いた。なんとか探して長兄家族と次兄家族に会えた。抱き合ってお互いの無事を喜んだ。嬉しい反面、途中で崩壊した街並みを見るのは辛かった。

帰りは長兄が私たちのキャンプ地までついて来てくれ、姑もやっと長兄の顔が見られた。我が子の顔をみて声を聞くことでどれだけ安心しただろう。

自分たちのキャンプ地に戻ると、村長がやってきた。

「みどりの友達がFacebookを見たって。バリから物資を送ってくれるって。コンテナ二つ分!!!」

ぎえーーーーーー。コンテナ二つ!

私の携帯の電源はとっくに切れていて、優先的に充電している村長の携帯から電話をした。土曜日に発送予定という。すぐに各村の村長たちがコンテナの置き場や配分方法を考えて各地に指示していた。

本当に本当にありがたい。

甲斐さん、ありがとうございます!!

*

テントは夕方、日差しが落ち着いてから建てられた。大人が中腰にならなくてもいい、高さのあるテントだった。高いけど上にしか覆いがないから寝るためのものではなさそうだ。

「ここでお祈りするんだよ!」と伯父が教えてくれた。

一番最初に求めるテントがお祈り用なんだ!

さっきの古着も一番喜ばれたのはお祈り用の服だった。

被災して二日目、村の当面のキャンプ地を定めたときも、トイレより先にお祈り用のウドゥー(お清め)をする場所と水を確保していた。

本当に、信仰こそが心身や生活の礎なのだなぁ。

そうそう、夕方には大統領からの救援物資も届いた。

また、この日はパラボラアンテナを設置する仕事をしている人が、家からパラボラとテレビを持ち運んで来て、テレビが見られるようにした。夜だけ自家発電機で電気をつけているので、夜のお祈りのあと、みんなでニュースを見た。

トップニュースが地震のことではなく政治の話で、みんなブーブー言っていたので笑ってしまった。その後、トップニュースでまさしく我らがプメナン郡を上空から撮影したものが写り、崩れたモスクから救出作業をしている様子を見守った。このモスクの下敷きになって何人も死者が出ていた。

しかし、子どもたちは「地震ごっこ」なる遊びを開発しており、そんな子供たちの遊び声が私たち大人の不安や緊張を和らげてくれるのだった。以外と明るく暮らしていけるもんだなぁと感じながら、この日もみんなで雑魚寝をした。

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